Caligula Overdose SS 決断※CP:女主人公×天本彩声―――この世界は。 孤独で、不安で、どうしようもないぐらい真っ暗で。 生きることは苦しくて、どうせいつかみんな必ず死に絶える。 だから、現実は嫌い。生きてたって意味がない。 幸福な夢を見続けられるなら、私は死ぬまでずっと眠っていたい。 それが私の、願い。 1 「それがお前の選択か」 ソーンの真紅の瞳が私をまっすぐに捉える。 失望と憎しみに満ち溢れた瞳。 射抜くような視線を私は正面から見据えた。 「もう……終わりにしよう。ソーン」 それは私と"彼"にしか理解できないやり取りだっただろう。 帰宅部の誰にも。笙悟にも。彩声にも。アリアにも。 きっと分からない。 ルシードとソーン。最後に残った二人の楽士。 二人だけの密約。 そして、決別。 「……いいだろう。お前も、現実と共に消し去ってやる」 低い声でソーンが呟く。 その全身に楽士の力を漲らせ、禍々しい魔槍を握りしめる。 まるで鏡を見ているみたい。 目の前にいるのは私自身に他ならない。 メビウスという名の鳥籠で生き続けることを願い、現実という名の地獄を否定し破壊しようとするもう一人の私。 以前、私を楽士に誘ったソーンの目に間違いはなかった。 ソーンと私は確かに"同志"だったんだから。 私を楽士に引きこむというソーンの計画は大筋で正しかった。 私は成り行きで帰宅部に加わったに過ぎない。 鍵介と同じ、楽士と帰宅部の挟間を彷徨っていた脆い存在だった。 いや、現実を憎んでいるという点では、鍵介よりも楽士向きだったに違いない。 だから、ソーンの選択は間違っていなかった。 なにより、私自身がそれを認めている。 ……ただ一つ。大きな誤算を除いて。 ソーン、あなたは私を帰宅部から切り離すべきだった。 私には現実に戻りたい理由なんてこれっぽちもなかったけど。 私の大切な仲間達には、戻らなければならない理由があったのだから。 "死"に囚われ続けているソーンに、私の気持ちはきっと分からないだろう。 私は、帰宅部として過ごし過ぎた。 もうソーンと同じ道を歩むことはできない。 私にできるのは、あなたを楽にしてあげることだけ。 ……身勝手だけど、それが僅かの間でも一緒に過ごしたあなたへの手向け。 私はカタルシスエフェクトを発動させ、両手に拳銃を構えた。 かつての"同士"を迎え撃つ為に。 2 「大丈夫だよ」「怖がらないで」 壊れた人形のように、μはその言葉を呟き続けている。 私達の負の感情を浴び続けて、彼女はすっかり変貌してしまっていた。 純白だった衣装は漆黒に染まり、天使のように無垢だった以前の姿とは似ても似つかない。 私達のせいだ。 私達のせいで、μはおかしくなってしまった。 μが声を上げる。凄まじい衝撃が全身に襲いかかる。 その叫びに吹き飛ばされないように耐えながら、私はじっとμを見据える。 ……不思議。 今にも体が引き裂かれようと軋みを上げている状況なのに、私は思わず微笑を浮かべていた。 ―――怖がらないで。あなたを楽園につれていってあげる。 変わらないね、μ。 あの時も、そうやって、貴女は私に手を差し伸べてくれたね。 嬉しかったよ。本当に。 ひとりで苦しんでいる時、誰かに優しくしてもらえることが本当に嬉しかった。 あのね、μ。 私が他の人達に優しくしようと思えたのはね。貴女のおかげなんだよ。 貴女の優しさに触れたから、私は他の皆にも優しくなろうとできたんだ。 だから本当は、μを否定したくはなかった。 ずっと、ずっと、このメビウスで暮らしていたかった。 だから、ソーンの誘いにも乗ったんだ。 帰宅部として活動しながらも、楽士としてこの世界が少しでも続くように妨害しようとした。 それが、みんなへの裏切りだと分かっていても。 この楽園で、貴女のことをずっと守ってあげたかった。 でも、現実を壊すことは……私にはできない。 みんなの気持ちを知ってしまった今となっては、もう。 現実は嫌い。本当ならずっとここにいたい。 でも、皆の願いを踏み躙ってまで、私はそれを貫くことはできない。 ごめんね、μ……私、そんなに強くないんだ。 μと目が合う。悲し気な瞳だ、と思った。 痛々しくて、とても苦しそうで。 暴走を続けるμへと私は銃口を向ける。 「今、楽にしてあげる」 そして、トリガーを引いた。 3 重い瞼をなんとか持ち上げ、私は布団から体を引きはがした。 最初、自分がいる場所が分からずに戸惑い……それから苦笑した。 ここは私の家だ。 本当の、現実の世界の。 夢から醒めたんだ。 私はちらりと横を見る。 当然、ここにいるのは私ひとりだ。 ひとりぼっちの、私だけ。 私はぎゅっとシーツの裾を握りしめた。 後悔なんてない。これは私自身で選んだことなんだから。 ただ、この寂しさだけは拭い去ることはできない。 胸にぽっかりと穴が開いたようなこの感覚だけは。 ……スマホが鳴ってる。 ぼんやりとスマホを手に取る。WIREに着信1件。 着信元のIDを見て、私は思わず目を見張った。 だって、そのIDは私が今一番会いたかった人のもので。 もう二度と会えないだろうと、どこかで諦めていたんだから。 「おはよう、彩声」 ……馬鹿やってるなぁ、私。 聞こえる訳ないのに、思わず声が出ちゃった。 なんでかな。目元がぼやける。 そういえばイケPが言ってたっけ。 嬉しい時も涙って出るんだぜ、って。 もうメビウスは残っていない。 夢は終わった。 私達はこの現実という名の地獄で生きていくしかない。 ……だけど、あの時に心を通わせた人達とのつながりは、まだ残っている。 私のスマホには、沢山のWIREのIDが登録されていた。 帰宅部の皆。それに、楽士の皆。 それだけは、夢じゃなかった。 昼下がり、私は構内で電車を待っていた。 ……変、じゃないかな。 現実の姿で彩声と会うのはこれが初めて。 分かってもらえるかどうかは気にならない。 本当に心配なのは、"私"を分かった時にどんな風に思われるか。 その方が、私は怖い。 でも……それでも会いたい。 会って、話をして、触れ合って、それからーーー 思考を遮るように電車がホームへと近づいてくる。 私はイヤホンをはめ、電車へと乗り込んだ。 他人でぎゅうぎゅうの満員電車。 窓の外に見えるのは知らない誰かが住んでいる高層建築群。 見慣れた面白みのない現実の光景を見ているだけで、生きていくのが嫌になる。 ……もしも。 もしも、私があの時、違う選択をしていたら。 果たしてどうなっていたのだろうか。 そう考えそうになる弱い自分に気付く度、私は頭を振る。 過去は変えられない。一度下した決断は変えようがない。 皆、自分の選んだ道を進んでいくしかないんだ。 私はそっと目を閉じ、車内の壁にもたれかかる。 暗闇の中、μの歌声だけが響いていた。 |